白山(日本三名山)


石川県の山と言えば「白山(はくさん)」と言う事になっているが私にとっては故郷の「水無山・みずなしやま」、「鞍掛山・くらかけやま」、「富士写ケ岳・ふじしゃがだけ」の方が馴染みがある。何故かといえば故郷から「白山」が見えないからである。「鞍掛山」は小学校の登山コ-ス,「富士写ケ岳」は中学校の登山コ-スと相場が決まっていた。「富士写ケ岳」は富士山にその形状が似ている事から付けられたと思う。水無山は、旧山中町のすぐそばに(登り口は山中町薬師町近く)あり、昭和30年代はロープウエー、スキー場もあり賑わっていた。が、今は何にもない。


1955年4月1日(昭和30年)の町村合併(山中町、河南村、西谷村、東谷奥村)でこれまで石川県江沼郡山中町18区〇〇〇であった我が住所が石川県江沼郡山中町富士見町〇〇〇になった。「富士写ケ岳」が見える事から富士見町になったようである。なぜか、山中町白山町もある。これも平成の大合併(2005年10月1日・平成17年)で石川県加賀市山中温泉富士見町〇〇〇に変わった。


「白山」、「富士山」、「立山」は日本三名山と言われている。「富士山」はほとんどの人が知っていると思う、「立山」は車窓から或いは富山駅に降り立てば立山連峰が見える。こんな事から富山県人はもとより富山に来た事がある人は「立山」は知っていると思う。しかし、金沢駅に降り立っても「白山」は見えない。こんな訳で県外の人に「白山」を知っているかいと私が尋ねても大半の人は知らないと言う。残念ながら知名度が低いのは事実である(^-^)。


私の勤務先(現在は退職)が金沢市から松任市(現、白山市)へ1999年に移転した。移転してから「白山」は天気がよければいつも見える。が、本当にスッキリと見えるのは年に数回くらいしか見たことが無い。「日本百名山」という本が地元出身の作家、故深田久弥氏(江沼郡大聖寺町、現加賀市大聖寺町)によって1982年に発行(発行所:朝日新聞社)された。その中の白山の記述を載せ白山のPRとしたい。県や市の関係者は白山や金沢を今はやりの世界遺産への登録運動を進めているようだが?である。私は昭和40年代の初めに白山に登った事があるが、確か、「延命の水」書かれた水が出ているところが一番しんどかったと記憶している。

 

2020年12月1日 上記日付の訂正及び文の追加を行う、

下記が日本百名山の「白山」の項

石川県白山市漆島町から見た「白山」1999年撮影
石川県白山市漆島町から見た「白山」1999年撮影