金沢城の避雷設備


 金沢城の復元工事が進んでいるが天守閣だけは復元できないようである。なぜならば、慶長7年(1602)の落雷により天守閣が焼失し当時の図面がないからである。何々門とか、何十軒長屋などは図面があるので復元できる(出来た)ようである。   
   
 お金の問題もあるが、史実に基づかない天守閣を立てても意味がないと言うのが石川県の考え方のようである。   
   
 福井県から秋田県にかけての日本海沿岸は世界有数の「雷銀座」であり金沢の年間雷雨日数分布(IKLマップ Isokeraunic Level Map)は38~40日程度であるが、金沢気象台の記録では1988年55日、2002年64日、2005年72日を記録しているのでIKLもあてにならない。   
   
 日本においては建築基準法により20メートルを超える建築物には避雷針(避雷設備)の設置が義務付けられているようなので、普通の建物であれば景観にお構いなく無粋な?「避雷針」が何本か建てられる。ここは天守閣が落雷により焼失した事もあり建物の避雷設備には気を使い、かつ、環境に調和させて平成13年に復元された菱櫓・五十間長屋・橋爪門続櫓以降は素人目には避雷設備があるとは気が付かないようになっている。   
   
 直撃雷があった場合は屋根と裸銅線が極めて接近しているのである程度の損傷は免れないと思うが・・・